はじめに
このTSMC株取得について、ウォーレン・バフェット氏本人によるものか、または同社の2名のファンドマネージャー(Todd Combs氏とTed Weschler氏)によるものか、などの分析記事をみかけます。
Did Warren Buffett Make the Taiwan Semi Call? It’s Not Clear.
同社のポートフォリオのうち、投資額30億ドル以下・ウエイトが1%以下の保有株のほとんどは、Todd Combs氏とTed Weschler氏のいずれかによるもの、とみられています。これには以下のような銘柄があり、多くのテクノロジー株を含んでいます。
- Amazon
- Snowflake
- DaVita
- General Motors
- Kroger
- Liberty SiriusXM Group
- Charter Communciations
- Visa
- Mastercard
- Celanese
参考として、バフェット氏の有名な発言の一つに、「自分の能力範囲内の企業に投資せよ」というものがあります。
What an investor needs is the ability to correctly evaluate selected businesses. Note that word “selected”: You don’t have to be an expert on every company, or even many. You only have to be able to evaluate companies within your circle of competence. The size of that circle is not very important; knowing its boundaries, however, is vital.
投資家に必要なのは、選択した事業を正しく評価する能力です。 「選択された」という言葉に注目してください。貴方は、すべての企業、または多くの企業のエキスパートになる必要はありません。 自分の能力のサークル(範囲)の中の企業を評価できればよいのです。 その能力の範囲の大きさはあまり重要ではありません。 ただし、その境界を知ることは非常に重要です。
バフェット氏の株主への書簡(1996年)
しかしバフェット氏は、日常業務の80%は、財務諸表、雑誌、ビジネス レポートから、新聞や本に至るまでの資料を読むことに費やされている、と言われています(参考記事)。毎日大量の情報をインプットしているわけです。
バフェット氏にとってTSMCが「Circle of competence」なのかなど、わかるわけがありません。
つまり、TSMCがバフェット氏によるものかどうかを探ることには、あまり意味がないのだろうと思います。
なぜ今TSMCなのだろう?
TSMC株(青線)は、年初から約36%下落後、今回の報道によって以下の様に急騰しています。参考にオレンジ線はSOX指数です。
(クリックで拡大できます。)
バークシャーはなぜ今TSMCなのでしょうか?
TSMCは世界最大の半導体ファウンドリであり、アップル、クアルコム、AMDなどの最先端チップの受託生産を独占しています。業界内の圧倒的なプレゼンス、持続的な収益性、優れた財務体質、PER面の割安度など疑いの余地はありません。また九州熊本の新工場建設は、日本にとってとても明るい話題ですね。
しかし足元では、アップルを除いてTSMCの他の主要顧客のほとんどが、今後の弱い収益見通しを示しています。景気循環の代表的なセクターの一つである半導体セクターの循環サイクルは、一般に6四半期程度とも言われています。
また、同社が割安に推移しやすい最大の要因として、中国による台湾へ軍事侵攻をめぐる地政学リスクがあげられます。(今週14日、米中の対面での首脳会談がインドネシアで行われ、両国の関係安定化を模索すると示されましたが。)
今回のTSMC株取得がバフェット氏によるものか、同社の2名のファンドマネージャーによるものかはともかく、一般に半導体不況はまだ始まったばかりとみられるなかで、バークシャーはなぜ今TSMCなのでしょう?
そこであらためて、なぜ今TSMCなのか、TSMCの直近決算(2022年3Q)のカンファレンスコールの内容を分析してみることにします。
TSMCの直近決算(2022年3Q)のカンファレンスコール
TSMCの2022年3Q決算は、2022年10月13日に発表されています。
以下はTSMCの同決算のカンファレンスコールからの抜粋です。
データ元はTSMCのIRサイトです。
Q3 2022 Taiwan Semiconductor Manufacturing Co Ltd
2022年3Q実績
- 収益:6,131億TWD、202.3億ドル(ドルベース対前年同期比+36%、対前四半期+11.4%、会社事前予想:198~206億ドル)業界をリードする5nm技術に対する強い需要に支えられた
- 純利益:2,809億TWD、88.1億米ドル(ドルベース対前年同期比+80%、2年ぶりの大幅増益)市場予想平均(2,656億TWD)
- 売上総利益率:60.4%(対前四半期比+1.3%)。要因は為替レート要因+コスト改善
- 総営業費用:純収益の 9.8%(前四半期は10%)
- 営業利益率:50.6%(対前四半期比+1.5%)
- EPS :10.83TWD
- ROE:42.9%
- テクノロジー別収益:
- 5nmは28%
- 7nmは26% (7nm以下の先端半導体は、ウェーハ売上の54%)
- プラットフォーム別収益:
- スマートフォン:収益の41%(対前四半期比+25%)
- HPC(High-Performance Computing):収益の39%(同+4%)
- IoT:収益の10%(同+33%)
- オートモーティブ:収益の5%(同+15%)
- データセンター:2%減少、 収益の2%
- 営業キャッシュフロー:4,130TWD
- 設備投資:2,660 億台湾ドル(約87.5億万ドル)
2022年4Q見通し
- 収益:199億ドル~207億ドル(+29%)顧客の継続的な在庫調整と、スマートフォンとHPCの両部門における5nmの継続的な収益増加がバランスし、横ばいになると予想
- 売上総利益率:59.5%~61.5%。より有利な為替レートの仮定が設備稼働率の低下によって相殺されると予想
- 収益性に影響を与える要因は6つ
- (1) 最先端のリーダーシップ的技術の開発と立ち上げ
- (2) 価格設定
- (3) コスト削減
- (4) 設備稼働率
- (5) 技術構成
- (6) 外国為替レート(この要因のみ管理不能)
- 営業利益率:49%~51%
- 2023年に向けて、減価償却費の前年比での増加、コスト上昇、半導体市場の循環性、および海外工場の拡大などの課題に直面
- 管理不能な為替レート要因を除く他の5つの要因により、「53%以上の長期的な売上総利益率」を達成可能
- 2Q決算時の2022年設備投資は、 400~440億ドル。今回の2022年設備投資予想は、約360億ドル(このうち70%~80%は高度技術技術、約10% は高度パッケージングとマスク作成、10%~20%は特殊技術)
来年度見通し
- 消費者市場の需要停滞が継続。一方データセンターや自動車関連の需要は今のところ安定しているが、将来的に調整の可能性が見え始めている
- 顧客は引き続き在庫調整中。半導体サプライチェーンの在庫は、今年の第3四半期にピークに達し、今年の第4四半期に減少し始めると予想。また、2023年上半期まで、より健全なレベルにリバランスするには数四半期かかると予想
- 進行中の在庫調整は当社にも影響を与えるが、以下の3つの重要な要素により、当社は半導体業界全体よりも変動が少なく、回復力がある
- 当社の技術的リーダーシップと差別化は、過去数年間と比較して現在ははるかに強力である
- 包括的な設計エコシステムと最適化されたプロセステクノロジにより、構造的な需要の増加に対応可能
- 顧客との戦略的関係は本質的に長期的であり、顧客の長期的な需要と成長をサポートするために、技術開発、キャパシティプランニング、価格設定について顧客との緊密な協力を続行
- N7を除く主要部門への強い需要と、成熟部門での差別化された専門技術への安定した需要が引き続き見られる。 2023年に向けて、N5、N4P、N4X の順調な立ち上げと N3の今後の立ち上げにより、当社は引き続き顧客の製品ポートフォリオを拡大し、対応可能な市場を増加していく
- 進行中の在庫調整は2023年上半期の稼働率に影響を与えるが、差別化された最先端の高度な専門技術に対するより強い需要によって支えられ、2023年も成長が継続すると予測
- N7、N6については、スマートフォンとPC市場の需要が低迷。半導体サプライチェーンの在庫がより健全なレベルに再調整されるまで数四半期かかり、2023年前半までの数四半期にわたって続くと予想され、それに応じて関連の設備投資を調整する。 7nm、6nm の需要は、構造的な問題というより循環的な問題であり、これらの需要は2023年後半に回復すると予想。長期的には、顧客と緊密に協力して専門技術と差別化された技術を開発し、今後数年間で N7、N6 の容量を埋め戻すための構造的な需要に対応。7nm部門は、当社にとって大規模で長期的な部門であり続ける。
- N3(3nm)は、今四半期後半に大量生産に向けて順調に進んでおり、歩留りも良好。 2023年には、HPCとスマートフォンの両部門で、スムーズな増加が見込まれ、2023年にはウェーハ収益のうちの1桁台半ばに成長すると予想。N3E(N3より密度が低い3nm製品)の開発も順調に進んでおり、量産は2023年後半を予定。 継続的な在庫調整にもかかわらず、N3とN3E の両方で高いレベルの顧客需要が見られる。当社は、ツールサプライヤーと緊密に連携し、2023~2024年以降の顧客の強い需要に対応するために、納期の課題に対処し、さらに3nmの設備投資を準備中。3nm技術は最先端の半導体技術であり、 N3ファミリーは当社の大規模且つ持続的な部門になると確信
- スマートフォンとHPCの両部門に牽引された当社の主要技術に対する強い需要により、今後数年間で米ドルベースで 15%~20%のCAGRの長期的な収益成長を予想。
・半導体市場の在庫調整の動きはTSMCにも影響を与えるが、3つの重要な要素により、TSMCは半導体業界全体よりも変動が少なく、回復力がある
・半導体市場の景気循環による需要低下が大きいのは、7nmなどの汎用品で、これらの需要は2023年後半に回復すると予測(構造不況ではなく景気循環の問題)
・主力の最先端チップである5nmは相対的に堅調、3nmも立ち上げ中。
・53%以上の長期的な売上総利益率の維持、15%~20%のCAGRの長期的な収益成長を予想
以上、ご参考になれば幸いです。